"言語と情報量の関係"が文化を作る。 ― 「日本人のTwitter好きは異常」と言われる要因、英語で歌詞を書く日本人がいる要因、ここにあり?

英語と日本語の違いとかって、単純に文法が違うとか単語が違うとか、そんなことだけではないんです。

同じ字数なら英語より日本語の方が多く情報を詰め込める

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photo credit: soul / 心 via photopin (license)

日本語の特徴といいますと、1つには「ひらがな、カタカナ、そして漢字という3種類の文字種を持つ」ということが挙げられます。

そういえばこれを英語圏など、文字はアルファベットの1種類以外には存在しない言語圏の人たちに言うと、それだけで「日本人はクレイジーだな!!Yeah!!」ってなるらしいですね。聞いた話ですけど。

で、この漢字というグレイトな文明の産物を用いれば、同じことをひらがなだけでグダグダ書くよりも、圧倒的に文字数を省略できるのは、まあ考えてみれば普通に納得できる話ですよね。英語だとこんな芸当はあり得ないわけで。

同じ音数なら日本語より英語の方が多く情報を詰め込める

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洋楽の歌詞の日本語訳とか見たことあると思うんですけど、あれびっくりしません?「こんな中身たっぷりのこと歌ってたの?」って。

もちろん和訳においては、メロディの音数を無視して”詩”として訳せるということがあるので、結果として訳が中身たっぷりに見えることに繋がっているとは思います。が、原因はそれだけじゃない。

例えば「私は」「僕は」「ワイ」、何でもいいですが1人称を指す歌詞を書くとしましょう。たとえ「ワイ」だとしても2音いりますよね。「私は」だと4文字。

これが英語だと「I」を1音に詰めるのが標準なんです。「ア」「イ」としない。アにアクセントをつけ、1音の中で「アィ」みたいな感じで。

和訳するとかしないとか関係なく、そもそもの言語の仕組みとして、同じ音数なら日本語より英語の方が情報を詰めれるものなんですね

“言語と情報量の関係”が文化を作る?

このように、言語というのはその特性によって、同じ”ハコ”の中でも詰め込める情報量が異なってくるんです。これが文化の違いにも作用してくるというところまで考えると、すごく面白いんですよね。

例えば今日、こんな話がありました。

僕もこれ思いまして、単なる偶然なんでしょうけど、日本語って140字という文字制限に非常にマッチする言語なんだと思います。「少ない文字数で多くを伝えやすい」というこの言語の性質が、このTwitter大好き文化を作り出してるのではないかと。

 

また最近はもはや普通になりつつある、英語を歌詞に取り入れている日本のアーティスト。彼らは「音としてカッコイイから」「世界に伝えられるから」ということ以外にも、「同じ音数(メロディ)なら英語の方が多く情報を詰め込めるから」という理由で、英語を用いている人も実は結構いるのではと思います(意識・無意識は別として)。

ELLEGARDEN、the HIATUS、MONOEYESといった、数多くの有名なロックバンドを立ち上げ、ギターボーカル・作詞作曲をしてきた細美さん(細美武士)。最近作られる曲は基本的に全編英詞というそんな彼も、以前ラジオの英語講座でこうおっしゃっていました。

そして細美さんが英詩を書く理由なのですが、1つ目の理由は英語で歌った方が自然に歌えるそうです。そして2つ目の理由が、、、英語で歌詞を書くと同じ音節数でたくさんの意味合いが入るのだそうです。つまり伝えられる情報量が違うと。日本語だと心情の描写のみで終わってしまうところが、英語で書けば情景描写も書けるので良い。と言っていました。

the HIATUS 細美武士の英語の歌詞にまつわる深い話。 | 英語ができない人のための通信講座

実は普段わたしたちが使っている言語というものは、使っているだけで既にその特性が、私たちの文化や生き方というものを大きく運命づけている。そう考えるとすごくなんというか、面白いし、奇妙な感じがしません?

上述の「日本人のTwitter好きは”異常”」のニュースを見て改めてそんなことを思い、興奮冷めぬまま書いてみました。

 

…ここまで来て冷静になって考えると、だいぶ興奮する対象が変態すぎる気はする。

よっしー
1995年大阪生まれ 音楽とインターネット育ち。 詳しくはこちら。