1の質の高いアウトプットは、100のインプットと不恰好なアウトプットの先にある。

 

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自分で言うのもアレですが、最近誰かに音楽関係のWebプロモーションや、その他自分が興味あることに関して何かしら意見求められたときに、

「こういうデータがあって、つまりこういうことが言えると思う」

といったようなことを筋道立てて話せることが”やっと”増えてきた気がします(未熟と思わされることももちろんまだまだ数多くあるのですが)。

その理由を自分で考えてみた結果、ひとまずたどり着いたのが「インプットの量とアウトプットの回数が、必要最低限を超え始めたから」という仮説です。

英語学習と照らし合わせて考える

「高校卒業まで学校で普通に英語を学んでも実用英語は身につかない」とはよく言われる話。そんな中、「リーディングはもう十分だから、スピーキングやライディングなどにもっと時間を割かないと」という意見も聞くことがあります。

確かに間違いなくアウトプットの時間は足りてませんよね、これは多くの方が同意されることだと思います。

ただ、これ実際に実用的な英語力を身につけるべくトレーニングし出すと、おそらくこれまた多くの方が同意されると思うのですが、インプットの量も全然足りてないんですよ。

アウトプットのトレーニング始めたばかりは確かに会話力などグングン伸びることが多いのですが、一定のところまでいくと結局インプットの不足がアウトプットの上達の障害になってきます。

読んできた情報量と発信してきた回数が固まりとなってきた

で今回の場合、このブログやTwitterなどで不恰好な意見ながらもアウトプットを続けてきたこと、ブログやニュースサイト、あるいは書籍や実際の見聞などからのインプットを重ねてきたことで、やっと1つのブレイクスルーを経験できたのかなと思います。

結局は何事も積み重ねだし、みんな最初は初心者で当然なんだから、怖気付かずに発信でも何でもしていくことが大事なんじゃないかという…まあ何とも偉そうな意見にたどり着いてしまった。

終わりに

というわけで記事タイトルの繰り返しになりますが、「1の質の高いアウトプットは、100のインプットと不恰好なアウトプットの先にある。」という話でした。

大げさな数字とは個人的には思っておらず、これくらいの量あって初めてこの1が生まれる気がする。結構いろいろなことに当てはめられそうな話なんじゃないかなあ。曲作りとかもそんなところあるよね、たぶん。

ではでは。

よっしー
1995年大阪生まれ 音楽とインターネット育ち。 詳しくはこちら。