「新生活」がある幸せ


大学を卒業し、就職するにあたって、アルバイト先にも当然辞めさせていただく旨を伝えました。数ヶ月前のこと。

自分が勤めていたアルバイト先は、少なくともアルバイトの人間に対してはかなり寛容というかホワイトで(本来、社会全体で当たり前であるべきなんだろうけど)、それまでの欠勤のしやすさと同じく、このときもすぐに了解していただけた。「大変だと思うけど、頑張って」など、温かい言葉も多く頂きました。

しかしその中で、1つだけ引っ掛かった言葉があったんです。それは、「いいなあ、新生活」。


正直に言うと、一瞬「嫌味なんだろうか」とも思いました。しかし、その前後の文脈やその人の性格を考えて、すぐにそうじゃないと分かりました。あれはきっと、本心だった。

3年や4年、あるいは6年と経つうちに、確実に「新生活」を迎えてきた学生の自分は、そんなこと感じたこともなかったんです。この「新生活」がやってくることの尊さを。

これは少し衝撃と言えるレベルでした。

その人の経歴は、結局ぼくは今もよく知らないままなんですが、何となく話を聞いている感じ、高校か専門学校を卒業して、数年アルバイトを転々としてきたのではないかと思います。そして、いつになったらこのアルバイト生活が終わるんだろうかとか、将来の夢のようなものが叶うのだろうとか、何かしら未来に思うところがあったのかなと。

そんな中で大した苦労もせず、「新生活」に当たり前のように足を踏み入れようとしている僕を見て、素直に感じられたのが、例の「いいなあ、新生活」だったのではないか。そう思ったんです。


「新生活」。確かに大変です。これまでの環境を巣立つことでやはり精神にいくらか負担はかかっているのが分かるし、お金や時間もかかる。決して新鮮で楽しいことばかりではない。

それでも、こうしてちょっとの努力だけで、いま「新生活」を迎えられていることを、この件を通してありがたいと心から思うようになりました。

周りに理解・応援もしてもらえ、特に両親には経済的な面を中心に多く援助もしてもらっています、少なくとも今のところは(早く自立したい、本当に)。これはやっぱり、どう考えても恵まれてます。

そしてこれからも、ちょっと努力したり、思い切って飛び出したり、いろんな人にサポートをしてもらったり=サポートしてもらえるよう結果を残したりして、定期的に「新生活」を迎えていけるよう、意識してやっていきたいなとも思いました。社会人は特に意識してやっていかないと、そういう「区切り」が簡単にはやってこない気もしますので。


というわけで大学を卒業、一昨日より東京都民となり、4月3日からは新卒1年目を迎える次第です。

大阪にも積極的に帰るつもりなので、大阪の方々はこれからも、そして東京などの方々はこれから、どうぞよろしくお願いします。


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