メディア運営に大事な”信念”と”方向性”が掴める1冊。大山卓也「ナタリーってこうなってたのか」を読みました。

さすがに格が違いました。

「ナタリーってこうなってたのか」を読みました

Webの音楽メディアとしては誰もが認める最大手「音楽ナタリー」創始者であり、現在もトップを務める大山卓也さんの著作。

お会いしたことはないんですが、文面・文体から判断する限りはとにかくフラットというか、静かな方のようで。

とはいえ、そのときも自分のやりたいことや将来像のようなものは何もないまま。今風に言えばとにかく〝意識の低い〟若者だったと思う。せっかく入ったマクドナルドも新宿の店舗に2年間務めたのち、仕事の面白さを理解する前に、なんとなくかったるくなって辞めてしまった。

退職後は中野新橋のアパートでひたすらテレビゲームをして暮らし、月に一度の失業保険をもらいに行くのが唯一の楽しみという、絵に描いたようなダメな生活を送っていた。しかしそうやって1年弱ほど過ごすうちに貯金も底をついてしまう。そして「しょうがない、仕事でも探すか」と新聞の求人欄を眺めていたときに目に飛び込んできたのが「編集者」という仕事だった。

分かるかな、こんな感じの引用で。ここの場合は内容もそうだし、文体もひたすらに落ち着いている。1冊ずっとこんな感じです。

でもね、こんな口調で語られていく内容自体はやはり”本物”という感じでした。さすがにナタリーなんていう超巨大メディアを創始しただけはある。

メディア運営に関しての信念や方向性の鋭さというのは、本当に読んでて鳥肌が立つくらい、静かでありながらも確かに熱いものでした

手は抜かない。誠意を持ってやる。

プレスリリースはあくまで媒体向けに作られたものであって、それを読者に届ける際には、細かいディテールを確認しなければならないし、そもそも記事においてどの要素をメインで書くか、何に触れて何に触れないかを決めて読みやすい記事に仕上げるのが媒体の役割だ。だからナタリーでは追加で問い合わせをしたり、周辺の要素を調べたりして、常に独自の記事を作るように心がけている。

毎日膨大に送られてくるプレスリリース。それをそのまま載せるのではなく、あくまで参考にとどめ、自分たちが取材し確認を取ったものを読者に合わせた形にして掲載する。

大山さん自身も本文中で述べられていますが、メディアとしてはおそらく基本的なことのように聞こえます。

しかし実状はそうではないんですね。それでもナタリーはその基本を当たり前にやり通してきた。だからこそここまで大きくなったのだと言います。

メディアを運営していると、毎日数多くの企業からのプレスリリースが送られてくる。自分が編集長をしている音楽ナタリーで言えば、レコード会社から届く新譜の発売情報や事務所から届くイベント・ライブの開催情報などがもっとも多い。これらのプレスリリースはほとんどの場合、ほかの音楽メディアも含め、すべて同じ文面で一斉にばらまかれる。そして、これをそのまま丸コピペしたり、少し表現を変える程度で記事にするメディアが少なくないのだ。

感嘆符などこそありませんが、確かな信念から来る強い批判が感じられる文体です。

「書き手の思いはどうでもいい」

記事を作るにあたって「書き手の思いはどうでもいい」というのが、ナタリーの一貫したスタンスだ。必要なのは情報だけ。

ナタリーの記事って読まれたことある方なら分かると思うんですが、どれも極めてフラットなんですよ。変にヨイショすることもなければ、批判することもあまりない。

たいていのメディアなら「あえてそのメディアを選ぶ理由」というのを読者に指し示すため、批評性を取り入れたりすることで独自の色を出すものです

しかしナタリーはあえてそういったライターや編集者、メディアの色というのは、意図的には出さない。ひたすら情報だけを提供する。

こう言ってしまうと、ナタリーの記事は無味乾燥なつまらない文章なのではないかと思う人もいるかもしれない。しかし淡々とした乾いたテキストの間から、エモーショナルな感動が立ち上がってくることがある。そのステージ上で起こっていること自体がすでに感動的だから、それを丁寧に文字にしていくことで、読み手もその感動を追体験できるのだ。そこで〝書き手の思い〟という名のフィルターを乗せてその形を歪めてしまうのは、ナタリーがやるべき仕事ではないと思っている。

「他のメディアがそうでも、自分たちのメディアはこうあるべきだ」という確固たる信念のようなものがあって、ただひたすらそれに従って運営されているようです

「メディアなら守るべき信念」と「”それならうちはこうでありたい”という方向性」が見える1冊です

最初に挙げた「ちゃんと取材して、ちゃんと編集する」といった、どのようなメディアであっても胸に刻みたいことが多く書かれている一方で、後で申しました「淡々と伝えていく」といった内容のように、筆者・大山さんや”ナタリーならではの色の付け方”というのも書かれている1冊です。

つまりこの1冊は、「どのようなメディアでも真似すべき・守るべき誠実な信念」と、「”ナタリーがこうならうちはこうだ”という方向性」が掴める良書だと思いました

「メディア運営者、メディアに興味がある人必読」といろんな方が言われているのを以前から見ていて読んでみましたが、なるほど、そういう意味で確かに必読だなあと強く感じました。