<言語学>”This book was read by Tom.”が実は不自然な文である理由


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大学では欧米の文化や言語学と言われる分野の勉強をしています。

しかしそう説明しても理解してもらえないことが多く、特に言語学というと「英会話の練習してるの?」と言われることもしばしば。ちょっと違うんですよね。

そこで今日は「言語学とは何か」分かりやすい例を記すことでお伝えしたいと思います

※専門の方が見ると突っ込みたいところもあるかと思いますが、素人が素人なりに素人にざっくり説明するという趣旨ですので、大目に見てもらえればと思います。

This book was read by Tom.

早速ですがこの文、何か文法的におかしそうなところはあるでしょうか。

単数の主語なのでwereじゃなくてwasを使い、受け身なのでread(過去形・過去分詞形でもスペルは変化しない動詞ですよね)を使っている…大丈夫そうですよね。

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しかしこれ、ネイティブからすると(文脈にもよりますが)違和感がある文らしいです。「受け身にしなくて良いよ、”Tom read this book.” で良いよ」となるらしい。どういうことなのでしょう。

ここで少し文を変えてみます。

This book was read by everyone.

Tomではなく、everyoneとしてみました。こうしてみるとネイティブとしては違和感がない文らしいのです。この場合だと、”Everyone read this book.” の方が良いとはならないと。

everyoneに変わったことで、一体何が良くなったのか。どうして能動態にする必要がなくなったのか。

主語は主役である

ここで確認しておきたい・知っておきたいのが、英語は日本語と比べて、主語が省略されることがかなり少ない言語であるということ(どちらかというと特殊なのは日本語らしいですが)。

普通は省略できない。つまり、主語は重要な要素だと捉えられている。文字通り”主役”の要素なのです

わざわざ受動態にしたからには、その理由がなくてはならない

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能動態と受動態だと、明らかに前者が基本の文型ですよね。

そして能動態から受動態に変えるということは、同じ事実であっても主語=主人公を変えて語ってしまうことを意味します。

つまり、”〇〇 read this book.” が基本的な文の形なのに、わざわざ同じ事実を “This book was read by 〇〇.” と主人公を変えて表現するには、それなりの理由が必要なのです

 

ここで、2つの文を改めて並べてみます。

  1. This book was read by Tom.
  2. This book was read by everyone.

実は2番目の文には、「everyoneに読まれたということは、このthis bookというのは例えばすごく面白いとか、理由があるんだろうな」と、主語(主人公)であるthis bookに関する何らかの情報が示唆されているわけです。主語が主人公らしく、際立っている。

 

それに対して1番目の文は、this bookに関して特に情報は暗示されていない。Tomが読んだという事実のみです。それならTomが主語(主人公)でいいじゃんか、何故ひっくり返したの、となるわけです。

ただし、例えばこの文の前後に、「Tomは本なんて滅多に読まない人なんだ」という文脈が含まれていれば、「そんなTomでも読む本」といった形で新たな暗示が生まれ、1番目の文でもthis bookが主役(主人公)として成立してくるので、話は変わってきます。

終わりに

言葉の話を言葉で説明するのは難しい。ご理解いただけたでしょうか。

これはあくまで一例にしか過ぎないんですが、言語学はこんなことを勉強してます。少しでもこの面白さが伝われば幸いです。


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